一期一会

たまたまベートーべェン ”第九”を聴いた。
音楽は何でも聴くが、クラシックもたまにはいいかも。
フルトヴェングラー指揮のバイロイトの第九。
いわずと知れた歴史的名盤なわけだが、聴くたびに新たな感動がある。
演奏は記録して、今やCDになり皆しっかり録音された音楽を楽しんでいる。
録音記録のための演奏と、ライブを記録したとでは意味が違う。
この演奏はバイロイト音楽祭でのライブ記録である。
そのため修正が効かない。(スタジオ録音なら後でどうにでもできるが)
内容云々はここでは省略するが、演奏も動きもその瞬間、”一期一会”であると言う事。
形なんかに、はめることは決してできない。(芸術も武術も)
このときの時代背景を差引いても このような演奏がまた生まれる事は
おそらく無いような無限の価値を感じる名演奏記録だと思う。

目的意識

何に対しても目的意識が明確であるのと漠然的では、その時点でまるっきり
違いがでる。
稽古事は少なからずとも、しっかりした目的意識がなくては進歩しない。
このことはどの分野でも、意味や意義があるわけで特別なことではまったくない。
問題は目的意識がないと、すべてのことがなし得ないのか・・と言うこと・
実はいちいち意識している状態ではすでに遅い・・・とも言える。
よくよく物事の本質を吟味知る必要は大いにある。

脳の蘇生力

ちょっと前ですが、脳の右脳がない女性がテレビで放映されているのを見ました。
右脳が左半身・左脳が右半身をつかさどると言う脳と体の関連性が言われています。女性はある病により、右脳を切除する手術を受けたそうです。
それにより左半身の機能が思うように動かなくなり脳の障害を必然的に影響を受けました。
しかし番組ではその女性はリハビリにより麻痺した左半身を動かすようになり、歩けるまでに回復し、通常の生活がハンディがあるにせよ家族の支えもあり元気に暮らしています。

興味深いのは、リハビリにより失われた機能を蘇生するにあたって、通常の肉体を動かすリハビリだけでなく、両親が「失われた脳がつかさどっていた部分は、もともと持っていた部分であり記憶である」と消えたテープレコーダーの記憶をよみがえらせるように何度も言い聞かせることで、残っている左脳が失われた右脳の機能を(細胞レベルで)役目を補うような働きだす
人間の脳の恐るべき能力です。
つまり、沢山見たことや受けたことは習うことよりも”記憶”が脳のどこかに残るわけですから、個々の地道な努力と頭の工夫が大事だということだと思います。