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	<title>阿吽会　阿久澤代表の武術探求日記</title>
	<link>http://akuzawa.aunkai.net</link>
	<description>武術阿吽会　阿久澤代表が日々の武術鍛錬や生活の中からふと思う事など</description>
	<lastBuildDate>Tue, 31 Aug 2010 05:51:11 +0000</lastBuildDate>
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		<title>アメリカ人の生徒</title>
		<description>阿吽会が発足して早7年ぐらい経つ。会が出来、半年ぐらい過ぎた頃に入会してきた生徒である。

今回、仕事の都合で約1年　NYの方に転勤するので最後の稽古のあと彼といろいろ話した。
実に有意義な時間でした。

実は彼から約1年は離れるので私と深い話しがしたいと。。。
まず、話しの内容は仲間の生徒の事。率直な意見、そして的確でもある彼の言葉には仲間想いな優しさも見え隠れしている。しかしここでは日本の本音と建前的な言い方はさすがアメリカ人、全くない。まさにyes or no、、

次の自分の駄目な部分も自己分析して話していた。私が思うなり自分でも認識していた部位の内容で彼の反省でも
あるようだ。
最後に私の事。
いいところとそうではないと思われるところ。実に面白い。

一般的には無礼講などという時以外は、指導している立場の人にはっきりもの申す的な意見はそう聞かれないだろう。
いい悪いをこえて実に面白かったし、ためになった。
その中に皆への想いや、ある意味の尊敬があり、私も多国籍が多いこの会はいろんな問題や波乱もあるが会を続けた結果が彼の言葉に集約されている感じがしてさらに精進していかねばと思いました。
もちろん日本人の会員もすばらしい人間性を持った生徒達が育ってきており、ある意味の文化交流の一端を担う会ならと思い、海外活動も行っています。

たいした人数はいない会だが，様々な人種や個性がここにはあり日々　各々努力している会として自分が先頭に

たってそれを表現していかなければならないと強く思うところです。 </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=80</link>
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		<title>寅年にちなんで”画虎類狗”</title>
		<description>武術に対して言えば、物の考え方や生き方にまで反映され、会や道場などで先人の形を模倣することではなく、
その心構えや意識を継ぎ、そういった諸々を自己の中に生かし学んで行くことで初めて自得できるのもである。

つまり、手本を真似るつもりでも似て非なる物にならないよう頭を使い、工夫して練習に取り組まなければならない。 </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=79</link>
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		<title>Paris の演武会</title>
		<description>こういった演武会はまるっきり　初めてである。
良くも悪くも，依頼されてから１ヶ月ちょっとしかない。（しかもセミナーとダブルで／０）

簡単に構成を考えて、流れだけ、イメージを頭で描くに過ぎない。
そう、同行している生徒たちも、もちろん初めて：：呼吸もタイミングあったもんじゃない。

普段　型練習などしないため、巧く見せようなどと考えれば本来の動きが出きない。
こういった極めや、演武をまとめるという事は普段から練習していないと、、、まさに演技者の”阿吽の呼吸”が求められると実感した次第である。

しかし、初めてとはいえ、＜テーマ＞はある。
ここでは、技の表現こそあるが、点数を競う大会ではない。

見てる人が瞬間的な動き中に、その先の状況がわかるような演武でなければ、単なる形式的な演武ではつまらない。
作られたものでなく、そのようになったと言う感じぐらいが，より緊張がありリアルである。

もちろん結果からすると失敗はあったが、いい経験でもあり、またこのような機会があるとすればより自由に
その瞬間を刻んだほうが演ずるほうも楽しい。

しかし、今回の演武写真、プロのカメラマンの描写は実にリアルである。 



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		<title>形式的な質問</title>
		<description>今年もアメリカDCやフランス等　縁がありセミナーを開催して、阿吽会の概念やコンセプトをご説明する機会がありました。今はネットがあり海外の武道、武術事情は動画も含め、簡単に見たり知る事が出来ます。
しかし、何事も本質的に知る事は見聞き以外に自ら経験しないと、その大局を理解する事は難しいのもまた事実です。

自ずと経験した事は身体を通して考えさせられる材料になり、違いや意味を認識するためには”まず動く”事が大切です。阿吽会、ファーストセミナーで訓練や解釈を説明して、皆、感じながら”基盤の基本錬功をしっかりおこなってもらっているのは、根本つまり、根であり，幹を作り、そのもの自体が身体の使い方であるという他ならないからである。
よく、セミナーで型や用法、テクニック的なことをあまり教えないのですか？という形式的な質問を受ける。

阿吽会は、その基盤の錬功を正しく理解し、継続する事により、身体の構造、武術の理を学んで行く事で
自発的の自得できるようシステムを考え、日々　研究している次第です。

従って、奥義や秘伝などというものは、日々の訓練（基本功）の中から見いだしていくものであり、そこで培った身体、意識等が本当の意味の奥義であると思う。

  </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=76</link>
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	<item>
		<title>Parisセミナー＆演武会</title>
		<description>Parisでのセミナーと演武会に参加して、早々おととい戻ってきている。
今回、主催のレオTamakiさんはフランス人と日本人のハーフ。 

よく日本語も理解しており、私の日本語説明にすぐさまフランス語で参加者に説明している 実に頭の回転がいい
男である。（ハートも熱い）

しかも、 武道、武術を習う本来の気構えや風習を持ち合わせ、実に清々しい態度で私に接している。

仕事柄，いろんな流派やスタイルの先生たちを取材、接しているせいかもしれないが日本人的に言うところの
”侘び寂び”を心得ている。

そして、もう一人　私を二年連続二回フランスに呼んでセミナーを開催してくれたエドワード も、またタイプは違うが人間的に気遣いがあり、優しいタイプのいい青年です。

今回のレオTamakiさんは、ハーフであるが日本人の魂が見てとれる感じがして すごくいいセミナーでした。

始まりや終わりの挨拶、当たり前と言えば当たり前だが、今の阿吽会では かなりラフなので考えさせられる彼のセミナーでのすばらしい進め方にある意味、共感させられた次第です。

 

  </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=75</link>
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	<item>
		<title>無心。</title>
		<description>事を行う時、　”無心”でやる事は何よりも大切であることは周知の通りである。
人は何かに向かって行動してるときも、様々な事を考え、時として大丈夫であるかと不安になる事もある。

ましてやそれが危険な事や命に関わる事ならなおさらである。

心と向き合い、正直な反応はそういった環境下で初めて意識する。

きよにこなせるには練習しかない。

その練習を”無心”に行い、あらゆる知識や固定観念に縛られる事なく、身体に染み込ませる事はそう容易な事ではないと思うからだ。

だから、 修業は無心に取り組まないと，形だけで終わってしまう危険性が大いにあると思う。
  </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=74</link>
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	<item>
		<title>&#8220;身体からの気づき”</title>
		<description>認識することは非常に大切である。

では、何を、どこを、どのように／／／／？

阿吽会では外人の生徒やゲストが多い。
従って言葉の理解は大切だが、日本人みたいに細かいニュアンスまで説明することは難しい。＞が簡単なことである／／／

よく見てる。。

なかなか眼の付けどころや質問がきわどい。。＾＾（イギリスの生徒をはじめ）

１００回説明するより１回見せる方が重要であることに気づかない人たちが多い。なぜ＞＞＞＞？

”他力本願”だからかな。

言葉の説明では頭で理解させるが肉体が認識することとまた別である。

で、(そのようになる）、、、、を本や活字に表現できるのか？？
結局、頭も使い身体はもっと使いこなさないと、本質的に会得などほど遠い＾＾；（自己言い聞かせだが）

やればやるほどできていない自分の影がついてくる。（影がない人間など居まい） </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=73</link>
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	<item>
		<title>身体の躾</title>
		<description>阿吽会のカリキュラムに”棒”（六尺）の練習がある。
この練習は身体を正す意味で非常に役に立つ。

身体の物差しでもあり、動きの理合を認識する上で鍛錬とは違う意味もある。

たまたま、いま海外から２ヶ月訓練に来ているデンマーク人が非常に熱心で、この練習を海外でやってほしいとのこと。

まだ、一ヶ月も経たないかで既に姿勢や意識が整ってきていることに驚いている。
本国に持ち帰って訓練を継続してほしいです。 </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=72</link>
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		<title>シンガポール</title>
		<description>アメリカDCセミナーから戻ってきたのもつかの間、シンガポールに行ってきました。

ここでは、詠春拳のインストラクターをやっている人を含めた小グループに阿吽会メソッドを紹介する形で招待をうけました。

招待していただいたスティーブには大変お世話になり、いろいろな所にも連れていってくださり楽しい時間を過ごさせていただきました。

私が海外で少しづつ活動していることをネットやHPで知り、今回、招いてくださったようです。

EUやアメリカでもそうですが、ここ東南アジアでもこういった縁があることを嬉しく想い、またここはお国柄　
さまざまな宗教的な戒律などの意味深さも知り、大変勉強になりました。

食は大変美味しく、しかも安い。＾＾（さまざまな料理が食べられるし。。
昼、夜、明、暗の顔を持ち、実にエネルギシュなすばらしい国、それがシンガポールでした。＾＾

 

  </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=70</link>
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		<title>認識力の違い</title>
		<description>2日間のアメリカセミナーを終え戻って来て、来週のシンガポールの用意をしている。
ここ、東京で教えている生徒たちは、いろんな国の人が居るが私自身いつも一貫性をもって本筋の”幹”を理解させ基礎から応用に至るプロセスを其の都度見せている。

海外のセミナーでのプレゼンで限界なのは、そのもの自体の意味を正確に
伝え、さらに複合的な可能性を瞬時に理解してもらうと言う事だ。

人は自分の経験や知識で判断するから、正確な意味合いを理解、認識してもらうにはそれ相応の説明とデモ,時間を必要とする。

しかし、言葉ではなかなか表現できない部位に対して言葉での説明が
限界であることにたびたび気づかされる。

ネット上で技や身体使いのことを、いかに書き込んでも所詮、雰囲気でしか伝わらず
そのものの意味を勘違いして受け取るケースもあるからだ。

本来、そのようになるということは実は教えられて理解するのではなく
自身の気づきや工夫によるところがウエイトをしめ、そのヒントを習うものであります。

東京の稽古ではいつも、さまざまな発想を見せているため自分自身に問いかけている問題はまた人それぞれだということを理解して訓練しています。 </description>
		<link>http://akuzawa.aunkai.net/?p=68</link>
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