Filed under: 武術 on 7 月 24th, 2008 | Comments Off
阿吽会のカリキュラムに”棒”(六尺)の練習がある。
この練習は身体を正す意味で非常に役に立つ。
身体の物差しでもあり、動きの理合を認識する上で鍛錬とは違う意味もある。
たまたま、いま海外から2ヶ月訓練に来ているデンマーク人が非常に熱心で、この練習を海外でやってほしいとのこと。
まだ、一ヶ月も経たないかで既に姿勢や意識が整ってきていることに驚いている。
本国に持ち帰って訓練を継続してほしいです。
Filed under: 武術 on 6 月 18th, 2008 | Comments Off
アメリカDCセミナーから戻ってきたのもつかの間、シンガポールに行ってきました。
ここでは、詠春拳のインストラクターをやっている人を含めた小グループに阿吽会メソッドを紹介する形で招待をうけました。
招待していただいたスティーブには大変お世話になり、いろいろな所にも連れていってくださり楽しい時間を過ごさせていただきました。
私が海外で少しづつ活動していることをネットやHPで知り、今回、招いてくださったようです。
EUやアメリカでもそうですが、ここ東南アジアでもこういった縁があることを嬉しく想い、またここはお国柄
さまざまな宗教的な戒律などの意味深さも知り、大変勉強になりました。
食は大変美味しく、しかも安い。^^(さまざまな料理が食べられるし。。
昼、夜、明、暗の顔を持ち、実にエネルギシュなすばらしい国、それがシンガポールでした。^^
Filed under: 武術 on 6 月 8th, 2008 | Comments Off
2日間のアメリカセミナーを終え戻って来て、来週のシンガポールの用意をしている。
ここ、東京で教えている生徒たちは、いろんな国の人が居るが私自身いつも一貫性をもって本筋の”幹”を理解させ基礎から応用に至るプロセスを其の都度見せている。
海外のセミナーでのプレゼンで限界なのは、そのもの自体の意味を正確に
伝え、さらに複合的な可能性を瞬時に理解してもらうと言う事だ。
人は自分の経験や知識で判断するから、正確な意味合いを理解、認識してもらうにはそれ相応の説明とデモ,時間を必要とする。
しかし、言葉ではなかなか表現できない部位に対して言葉での説明が
限界であることにたびたび気づかされる。
ネット上で技や身体使いのことを、いかに書き込んでも所詮、雰囲気でしか伝わらず
そのものの意味を勘違いして受け取るケースもあるからだ。
本来、そのようになるということは実は教えられて理解するのではなく
自身の気づきや工夫によるところがウエイトをしめ、そのヒントを習うものであります。
東京の稽古ではいつも、さまざまな発想を見せているため自分自身に問いかけている問題はまた人それぞれだということを理解して訓練しています。
Filed under: 生活 on 5 月 31st, 2008 | Comments Off
アメリカのセミナーの為にワシントンDCに入り、
アメリカ在住の阿吽会会員の家に滞在しています。
ここDCでの自然豊かな環境、
日本と比べるとかなり恵まれた住宅事情に(家賃も高いだろうが^^;)
少しため息が出ます。
アメリカは土曜日の早朝、これから始まる講習会を前に
生徒達とともに食べる朝食の米を炊いて料理を作る所です。
アメリカ人の生徒の家に米と炊飯ジャーがあるなんて。
いろいろと世話をしてくれているアメリカの生徒達の為に、さあ、つーっくろ!(笑)
(生徒達はまだ睡眠中・・・・・ ^^)
Filed under: 武術 on 5 月 21st, 2008 | Comments Off
生きている間に「先生」と呼ぶにあたいする人はたくさんいるだろう。
まず最初は保育園や幼稚園の先生もその一人であろう。
人の面倒を見てくれる人は、何ゆえ先生と表現するところはあるに違いない。
では、”師匠”は先生とどう違うの?
クラスや道場では「先生」に習っていますよね・・・いや、、師匠に、師父、老師、館長に?、指導員、・・なんだろう??
呼び方の定義は?流派によってさまざま・・・かな?
何々・・・先生はいっぱい居ます。
師匠はいっぱいいるのでしょうか?
単なる呼び方の違いだけだろう・・て言う見解もあるだろうが。
外国ではどうだろう^^?
Filed under: 健康 on 5 月 16th, 2008 | Comments Off
1週間ぐらい前から身体の左半身がズキ、ズキ痛む。
正確には胸から肋骨の下〜背中、脊椎までかな・・・(苦)
調べてみると、症状は「肋間神経痛」ぽいが???分からん・・
こういう活動をして、体が痛いやら苦しいなんてアホジャン・・て感じです//
しかし、多少訓練してるから大丈夫なんてのは勘違いで過信の何者でもない。
普段の摂生が足りないのか、誠に情けない・・
頭も身体も卓越してる方にこの事をたまたま話しましたら、私もその歳の頃に同じような症状を経験しましたよ・・と、コップが持てないぐらいひどかったらしい。
その人いわく、身体の自由が利かなくなって、いろんな意味で身体に
気づきがある。また発想が変わり動かし方を微調整していかに負荷が
かからないようにと頭が切り替わる・・ということらしい。
何よりもある種のコツを理解する機会のようだ・・・?^^
よう〜〜〜〜〜〜し、、し
しかし・・・・・・”痛い”(苦)
Filed under: 音楽 on 4 月 26th, 2008 | Comments Off
たまたまベートーべェン ”第九”を聴いた。
音楽は何でも聴くが、クラシックもたまにはいいかも。
フルトヴェングラー指揮のバイロイトの第九。
いわずと知れた歴史的名盤なわけだが、聴くたびに新たな感動がある。
演奏は記録して、今やCDになり皆しっかり録音された音楽を楽しんでいる。
録音記録のための演奏と、ライブを記録したとでは意味が違う。
この演奏はバイロイト音楽祭でのライブ記録である。
そのため修正が効かない。(スタジオ録音なら後でどうにでもできるが)
内容云々はここでは省略するが、演奏も動きもその瞬間、”一期一会”であると言う事。
形なんかに、はめることは決してできない。(芸術も武術も)
このときの時代背景を差引いても このような演奏がまた生まれる事は
おそらく無いような無限の価値を感じる名演奏記録だと思う。