寅年にちなんで”画虎類狗”
Filed under: 武術 on 1 月 1st, 2010 | Comments Off
武術に対して言えば、物の考え方や生き方にまで反映され、会や道場などで先人の形を模倣することではなく、
その心構えや意識を継ぎ、そういった諸々を自己の中に生かし学んで行くことで初めて自得できるのもである。
つまり、手本を真似るつもりでも似て非なる物にならないよう頭を使い、工夫して練習に取り組まなければならない。
Filed under: 武術 on 1 月 1st, 2010 | Comments Off
武術に対して言えば、物の考え方や生き方にまで反映され、会や道場などで先人の形を模倣することではなく、
その心構えや意識を継ぎ、そういった諸々を自己の中に生かし学んで行くことで初めて自得できるのもである。
つまり、手本を真似るつもりでも似て非なる物にならないよう頭を使い、工夫して練習に取り組まなければならない。
Filed under: 武術 on 12 月 8th, 2008 | Comments Off
こういった演武会はまるっきり 初めてである。
良くも悪くも,依頼されてから1ヶ月ちょっとしかない。(しかもセミナーとダブルで/0)
簡単に構成を考えて、流れだけ、イメージを頭で描くに過ぎない。
そう、同行している生徒たちも、もちろん初めて::呼吸もタイミングあったもんじゃない。
普段 型練習などしないため、巧く見せようなどと考えれば本来の動きが出きない。
こういった極めや、演武をまとめるという事は普段から練習していないと、、、まさに演技者の”阿吽の呼吸”が求められると実感した次第である。
しかし、初めてとはいえ、<テーマ>はある。
ここでは、技の表現こそあるが、点数を競う大会ではない。
見てる人が瞬間的な動き中に、その先の状況がわかるような演武でなければ、単なる形式的な演武ではつまらない。
作られたものでなく、そのようになったと言う感じぐらいが,より緊張がありリアルである。
もちろん結果からすると失敗はあったが、いい経験でもあり、またこのような機会があるとすればより自由に
その瞬間を刻んだほうが演ずるほうも楽しい。
しかし、今回の演武写真、プロのカメラマンの描写は実にリアルである。
Filed under: 武術 on 10 月 22nd, 2008 | Comments Off
今年もアメリカDCやフランス等 縁がありセミナーを開催して、阿吽会の概念やコンセプトをご説明する機会がありました。今はネットがあり海外の武道、武術事情は動画も含め、簡単に見たり知る事が出来ます。
しかし、何事も本質的に知る事は見聞き以外に自ら経験しないと、その大局を理解する事は難しいのもまた事実です。
自ずと経験した事は身体を通して考えさせられる材料になり、違いや意味を認識するためには”まず動く”事が大切です。阿吽会、ファーストセミナーで訓練や解釈を説明して、皆、感じながら”基盤の基本錬功をしっかりおこなってもらっているのは、根本つまり、根であり,幹を作り、そのもの自体が身体の使い方であるという他ならないからである。
よく、セミナーで型や用法、テクニック的なことをあまり教えないのですか?という形式的な質問を受ける。
阿吽会は、その基盤の錬功を正しく理解し、継続する事により、身体の構造、武術の理を学んで行く事で
自発的の自得できるようシステムを考え、日々 研究している次第です。
従って、奥義や秘伝などというものは、日々の訓練(基本功)の中から見いだしていくものであり、そこで培った身体、意識等が本当の意味の奥義であると思う。
Filed under: 武術 on 10 月 16th, 2008 | Comments Off
Parisでのセミナーと演武会に参加して、早々おととい戻ってきている。
今回、主催のレオTamakiさんはフランス人と日本人のハーフ。
よく日本語も理解しており、私の日本語説明にすぐさまフランス語で参加者に説明している 実に頭の回転がいい
男である。(ハートも熱い)
しかも、 武道、武術を習う本来の気構えや風習を持ち合わせ、実に清々しい態度で私に接している。
仕事柄,いろんな流派やスタイルの先生たちを取材、接しているせいかもしれないが日本人的に言うところの
”侘び寂び”を心得ている。
そして、もう一人 私を二年連続二回フランスに呼んでセミナーを開催してくれたエドワード も、またタイプは違うが人間的に気遣いがあり、優しいタイプのいい青年です。
今回のレオTamakiさんは、ハーフであるが日本人の魂が見てとれる感じがして すごくいいセミナーでした。
始まりや終わりの挨拶、当たり前と言えば当たり前だが、今の阿吽会では かなりラフなので考えさせられる彼のセミナーでのすばらしい進め方にある意味、共感させられた次第です。
Filed under: 武術 on 9 月 25th, 2008 | Comments Off
事を行う時、 ”無心”でやる事は何よりも大切であることは周知の通りである。
人は何かに向かって行動してるときも、様々な事を考え、時として大丈夫であるかと不安になる事もある。
ましてやそれが危険な事や命に関わる事ならなおさらである。
心と向き合い、正直な反応はそういった環境下で初めて意識する。
きよにこなせるには練習しかない。
その練習を”無心”に行い、あらゆる知識や固定観念に縛られる事なく、身体に染み込ませる事はそう容易な事ではないと思うからだ。
だから、 修業は無心に取り組まないと,形だけで終わってしまう危険性が大いにあると思う。
Filed under: 武術 on 8 月 15th, 2008 | Comments Off
認識することは非常に大切である。
では、何を、どこを、どのように////?
阿吽会では外人の生徒やゲストが多い。
従って言葉の理解は大切だが、日本人みたいに細かいニュアンスまで説明することは難しい。>が簡単なことである///
よく見てる。。
なかなか眼の付けどころや質問がきわどい。。^^(イギリスの生徒をはじめ)
100回説明するより1回見せる方が重要であることに気づかない人たちが多い。なぜ>>>>?
”他力本願”だからかな。
言葉の説明では頭で理解させるが肉体が認識することとまた別である。
で、(そのようになる)、、、、を本や活字に表現できるのか??
結局、頭も使い身体はもっと使いこなさないと、本質的に会得などほど遠い^^;(自己言い聞かせだが)
やればやるほどできていない自分の影がついてくる。(影がない人間など居まい)